六月の夜の都会の空

六月になった。

毎年、稲垣足穂の「六月の夜の都会の空」というフレーズを思い出す。

 

 或る昼休みの教室の黒板に、I は「六月の夜の都会の空」という九字を走り書きして、直ちに消してしまった。「いや何でもありやしない」と彼は甲高い声で江美留に云った。「―でも、ちょっといい感じがしやしないかい?」

 

 なるほど! 六月の夜の都会の空。

 この感覚は自分にも確かに在った。夕星を仰いで空中世界を幻視する時、そんな晩方はまた、やがて「六月の夜の都会の空」でなければならない。汗ばんで寝苦しがっているまんまるい地球を抱くようにのしかかっている暗碧の空には、星々がその星座を乱したのであるまいかと疑われるほど狂わしげな位置を採って燦めき、そして時計のセカンドを刻む音と共に地表の傾斜がひどくなって、ついに酸黎のように赤ばんだ月をその一方の地平線におし付けてしまった刻限には、昼間から持ち越しの苦悩に堪えかねた高層建築物たちは、もはや支え切れずに、水晶の群簇のように互いに揺らめきかしいで、放電を取り交わしているのでなければならない。

 

 

わたしは六月の夜の都会の空が好きだ。

毎年六月がやってくる度に、このフレーズを思い出す。

そして、わたしだけの六月の夜の都会の空を蒐集してきた。

 

 

一人で好きなバンドのライブに行った、六月のあの夜。

ステージで照明を浴びる彼らは、目眩がするほどかっこよく見えた。

小汚いライブハウスから一歩出ると、外は肌寒くて、奇妙なほど静寂だった。

 

先輩の家で本について語り明かした後の、六月のあの夜。

終電に間に合わなくて、お気に入りのカーキハイヒールで駅まで走ったっけ。

粘度の高い風が、汗ばんだ身体にまとわりついてきた。

 

下北沢で男の子とデートをした後の、六月のあの夜。

街灯のない暗い小道に入ったら、星がいつもより綺麗に見えた。

星座のアプリと見比べた名前の分からない星たち。

 

 

今年も、六月の夜の都会の空を蒐集するんだ。